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ビバ!出産! 陣痛から出産まで


人目出産(長女) 2001年9月13日誕生

予定より7日早い夜、1人でアメリカのテロのニュースを見ていた時、久しぶりの生理痛のような痛みを感じた。

「来た!」おしるしはなかったけど、きっとこれは陣痛だ!
とりあえず、入院に必要な荷物を再確認。シャワーを浴びて、旦那の帰りを待った。

夜、11時頃帰ってきた旦那と食事をしながら「きっと出産になるよ」と言った。
まだ、余裕のある私。とりあえず、布団に入って寝る事にする。

A.M.2:00 。

陣痛がかなり辛くなり、眠れない。

時間を計ってみるけど、私の場合痛み方が病院で教えてもらったのと違う。痛くない時がない。

凄くイッターイ!(5分弱)→だんだん我慢できるぐらいの痛さに(5分弱)→だんだん痛くなる→凄くイッターイ!の繰り返し。どこからどこまでで5分間なの?

これは、まだ10分感覚なの?

そのままの状態でA.M.4:00まで我慢したけど、もうこれ以上我慢したら歩けなくなる…。
(この時の住まいはコーポの2階)そう、気づいて病院に連絡。

「診てみないとわからないから。」と、言われとりあえず病院へ行ってみることにした。

少し楽になる時をみはからって身支度をして、旦那を起こす。(もはや私は限界状態)
なぜか、「よし!」と言ってシャワーを浴び始める旦那。
「オイオイ!違うだろ〜!早く病院へ連れて行けー!」もう、声も出ない。

旦那の身支度が整って、家を出た時にはすでにA.M.5:00を回っていた。
やっとの思いで、車に乗り、さあ一刻も早く病院へ…。と、思う私の思いとは裏腹になぜかBGMを熱心に選ぶ夫。気を失いそうでした。

早く〜!早朝とゆうこともあり、幸い道は空いていて15分後に病院到着。

しかし、ナースセンターが遠い…。看護婦さんと旦那に引きずられるように、分娩待機室&と分娩室が一緒になった部屋に入った。服を着替えて、「ああ、やっとここまで来れた…」と安心する間も無く、いろんな装置をセット。助産婦さんが診てすぐ破水させられ、あれよあれよという間に出産。

入院して1時間経っていないA.M.6:13 2860gで長女を出産しました。

その後、助産婦さんに「もう少し早目に来てください。」と言われた。

だって、よく分からなかったんだもん。

 

2人目出産(長男) 2003年7月18日誕生

予定日より3週間早い37週に入った日の朝、陣痛が始まった。

でも、その日は以前から欲しかった、新生児から使用できるだっこ紐の特売日。←2人目以降は新生児でも連れ回さないといけない事が多いから、必需品。

まだ、頑張れる!と、長女を連れて赤ちゃん本舗へダッシュ!

しかし、一足遅く完売。ショック〜。

結局友人が同じような物を持っていて、貸してくれました。友達ってありがたい。

自宅に帰ってから、病院へ連絡。「あのーまだ3週間も早いんですが、多分陣痛が来ています‥」と相談すると、「まだ、早いので、できるだけ安静にして赤ちゃんを少しでも長くお腹の中に入れておいてあげて下さい。」と言われてしまった。

「ガーン!先生、手遅れだよ〜。朝からガンガンに動き回っちゃったよ〜!」と心の中で叫びつつ、その後は車で5分の実家に避難し、できるだけ安静に。

でも、やっぱり今更遅し。どんどん進んでしまって、夜の7時頃には限界に。

陣痛は1人目の時と同じ、休みナシの連続タイプ。何分間隔だかわからない。

とりあえず、ジジ・ババに「病院へ行きたい」と宣告した。
でも、間が悪く夕食中だったジジ・ババは、食べ続けていた。

お願い早くして〜!心の叫びもむなしく、病院に付いたのはP.M.8:00。

受付を済ませて、着替えをし、機材を付けて先生に連絡をしてもらったけれど、その日は運悪くいつもの先生はお休み。大学病院の先生が宿直だったけど、不在でなかなか帰ってきてくれない。

「早く産ませて!がまんできないよ〜!」と叫ぶ私に、助産婦さんが「もう産んでもいいよ。」と言ってくれた。と、同時にツルッと出てきた息子。2638g。P.M.9:00ジャストでした。

限界を過ぎていた私はいきんだ覚えが無い。結局、先生は息子が出てくる直前に入室。
少しだけ裂けた会陰を縫ってくれただけだった。役立たず〜!!

そして、やっぱり「もう少し早く入院してください。」と言われた。

ババから連絡を受けた旦那が駆けつけたのは、産まれた直後だったようです。

私は安産なのでしょうか?それともただ単に、入院するのが遅すぎるだけなのでしょうか?


gazou